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あなたを空に 想い描いた

今日は、祖父の月命日。

わたしの家には写真もお骨もろうそくもお線香もないから、心の中で手を合わせました。

 

1ヶ月経って悲しみが和らいできたかというと、そんなことはまったくなくて、ふとした瞬間に強い悲しみに襲われたり、ああすればよかった、こうすればよかったと、あとからあとから悔いることばかりで落ち込むことも多くて。

9月に1回目の入院をしていたとき、なかなか良くならない病状に、転院も念頭に置きつつ、母と2人で担当医に話を聞きに行ったあのとき、やっぱり総合病院とは言えあの小さな病院じゃなくてもっと大きくて、肺炎の入院治療実績も多い病院に転院させるべきだったのかという後悔は、この1ヶ月、もっと言えば9月からずっとある。

10月に退院後に一度通院したときになんで気づいてくれなかったのかとか、そもそもまだ咳が残っている状態だったというのにどうして退院させたのかとか、担当医を責めたい気持ちも。

どれほど積み重ねても足りない後悔も、やり場のない怒りも、たくさんたくさんあって。

 

ずっとそんな悲しみや後悔やらで、登っても登っても砂に足をとられるみたいに上がれなくて足踏みしていたけれど、でも、1ヶ月経って、少しだけ、ほんとうに少しだけだけど、きっと本人はそれで医師を責めることを望まないだろうし、短い間でも住み慣れたお家に帰って、入院したままなら絶対食べられなかった高級なお寿司、しかも大好きなまぐろをたくさん食べられて、ちょっとだけ外に出られて髪さっぱりさせて外の空気も吸えて、最後は息苦しいとか苦しむこともなくて、それならよかったと思うしかないのかな、という気持ちになりつつある。

10月の退院直前は「俺は絶対に家に帰る!」「家に帰りたい!」ってそればっかりだったみたいだから… お家に帰ることができて大好物も食べられて良かったんだよね。って少しずつ、自分と、自分と一緒に後悔している母親に言い聞かせ始めているところ。

 

あと2週間で冬休み。

29日は四十九日の法要です。

たまたま、ほんとうにたまたま、わたしがコンサートのために札幌に来ていたときに旅立っていって最期に会うことができて、四十九日目は絶対に年末年始のお休みで札幌に帰ってきている12月31日で、自意識過剰かもしれないけれど、まるで遠くに住んでいるわたしがちゃんと会えるように、って祖父が考えてくれたみたいで。

ありがとう、じいちゃん、あと2週間で会いにいくよ。

涙がこぼれないように 君を思い出すけど

はてなブログのオススメ記事を辿らせていただいて見つけたお話。

kinakoneko.hatenablog.com

 

マンガの最後の、おじいさまが亡くなった後もずっといつものようにニコニコしていたおばあさまが泣きわめくところで堪えきれなく…

祖母も、ずっとニコニコではないけれど亡くなったときも家に帰ってきたときもお通夜も告別式も気丈に振る舞っていたのに、棺の蓋をするときと火葬に入るその瞬間の2回だけ泣き崩れていて。どんなに長年連れ添っても15年前に進行性のガンという大病を患っても9月から入院気味でも、そして当たり前に “いつかいなくなってしまう” って知っていても、それでも “いつかいなくなってしまう” ことへの “覚悟” なんて、きっと祖母も、誰も、できていなかった。

だって、ほんの1年前にみんなで旅行していたんだもの。この間、パソコンの中の写真を見ていたら、去年、祖父母とわたしの両親とわたしとで登別に行ったときの写真が出てきて、このときはぜんぜん元気だったのになあ、これが最後だったんだなあと思って。今年の春にだって、叔父と2人で開通したばかりの北海道新幹線に乗って東北旅行していたのに。

まったく心の準備なんかできてなかったし、こんなに早く逝ってしまうなんて思ってもいなかった。

 

そして、祖父が生きていたころはそこまで気にすることはなかったのだけど、いなくなってしまったら、チョコレートとかリンゴとか焼き芋とか和菓子とかようかんとかトマトジュースとかコーヒーとかラーメンとかお寿司とかまぐろとか〆サバとか、街で見かけるいろんな食べ物に「これじいちゃん好きだったなあ」とか「おみやげに買って行ったら喜んだだろうなあ」と考えてしまって辛くなる。

祖父は大好きな食べ物がたくさんあったけれど、さらによく言っていたのがべこ餅で。

祖父が幼いころ、母親に作ってもらっていたというべこ餅。端午の節句のお菓子らしいけれど、北海道では年中売っているのでときどき何個か買って行くと、「こんなに食べられないよ~じいちゃん胃ほとんどないんだからね?」と言いつつ、数時間おきにパクパク食べていて、また次の日遊びに行くとぜんぶ食べてなくなっちゃってる、みたいな、そのくらい大好きで。

ブログの方がいちじくの季節になるとおじいさまを思い出すと書いてらっしゃるように、祖父が5月になるといつも母親が作ってくれたべこ餅の味を思い出すと言っていたように、きっとわたしも、5月になってお店でいつも以上にたくさん積まれているべこ餅を見るたびに、新聞を読みながらべこ餅を頬張っていた祖父の姿を思い出すんだろうな。

 

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今年の年賀状をいまさら整理して、祖父から届いた年賀状を見た。

「健康第一に暮して下さい」の言葉にまた涙が出てくる。

 

楽しかった時間だけ 想い出の中映し出される

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11月26日、27日はゆずの東京ドームでのライブに参加してきました。

デビュー20周年イヤーの始まりをお祝いするライブ。

 

直前ギリギリまで参加するか否か、悩んでいました。

祖父に後ろめたいとか、どうにもこうにも気分が乗らないとか、もはや行くモチベーションが手数料も入れて18000円(9000円×2日間)もったいないしってことと、譲るにしたって譲り先が見つからなくて同行者が1人参加になるから悪いなってことだけになってしまったとか、だから行っても楽しめないかなとか、そんな自分で自分に戸惑うくらいの心境になってしまって。あんなに大好きなライブ、しかも18年半大好きでい続けているゆずのライブ、しかもしかも記念年のライブなのに。

 

結局、いろいろなことを考えあぐねた結果、参加することにしたんですけど。

やっぱり全力で楽しかった!とは言えないままで、でも、何もなく参加していたらきっと一点の曇りなく「楽しかった!」と言えるようなライブのはずで、ほんとうにほんとうに良いライブでした。18年半、ずっと好きでいられて良かったなと思うし、すっかりおじさんになった2人を、2人の曲を、2人の唄声を変わらず好きだと言える今があって良かったなとも、20周年もその先もずーっとずっとついて行こうとも、心の底から思えるライブでした。

来年20周年のドームツアーは全力で楽しめるといいな!

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ところでアンコールで唄ってくれたサヨナラバス

失恋の曲だけど、失恋だけでなくていろんな別れにこんなに響く曲だったんだって17年経って初めて知ったし、今の状況とだだ被りすぎてこの曲でこんなに泣くの初めてってくらい泣いた。先々週あんなに泣いたのにまだまだ泪は出てくるんだな、と…

 

祖父はわたしが産まれるくらいまでお酒大好きで、そのためにいろいろなことをやらかしていて祖母にもたくさん迷惑をかけてきたみたいで。祖父が生きていた頃、みんなが集まるとよく冗談で「亡くなったら、晩年は仏のようなひとだったけれど若いころはとにかく酷くて~って笑い話するんだろうねえ」って言って、それを聞いて祖父が「やめて恥ずかしい///」とか言って笑い合ってたんだけど。

いざそういうときになってみると、お酒で酷かったことの思い出話なんてぜんぜん出てこなくて、やっぱり楽しかったこととか優しかったこととかそういうのばかり思い出すんですね。

と、2人と、ドームを埋め尽くしたみんなが唄う声を、そして今日のタイトルにした詞を聴きながら思いました。

きっとまた会えるよね 約束したものね

11月13日夜、母方の祖父が亡くなりました。

86歳、来年は米寿のお祝いだね、その2年後はじいちゃんの卒寿とばあちゃんの米寿でWお祝いだね、盛大にやらなくちゃねと言っていた矢先のことでした。

 

原因は間質性肺炎。9月から10月にかけて一度細菌性の肺炎で入院していて、それによる間質性肺炎の急性増悪と思われる、とのこと。これまで間質性肺炎と診断されたこともなく、9月の入院でなかなか熱が下がらず咳もおさまらないために疑いがあっただけで、血清マーカーの値も低かったため結局細菌性肺炎だと診断を受けていたのに。

でも、その細菌性肺炎が治ったと言われて退院してわずか3週間ほどで再入院、それから1週間も経たないうちに亡くなってしまいました。

 

12日、13日とコンサートに参加するために、祖父の血縁の中で唯一北海道を離れているわたしもたまたま札幌に来ていました。

13日朝、祖父の入院する病院にお見舞いに行って、じいちゃんがんばるよ、の言葉を聞いて本人に治したいという気持ちがあるならきっと大丈夫と思い、わたしは病院を後にしました。

亡くなる7時間半前、それが、祖父との最後でした。

 

容態が急変したとの知らせを受けたのはコンサート会場に向かうために病院を出てほんの1時間後のこと。一緒に参加する予定だった、チケットを持っていた友達に連絡しつつあわてて病院に戻ったら、もう意識はほとんどなくて呼吸もびっくりするくらい荒くて。

じいちゃん、じいちゃんと何度も呼びかけたけれど、荒かった呼吸がだんだん落ち着いて弱くなって、脈拍も血圧も少しずつ下がっていって、午後7時前、そのときは息苦しさとかで苦しむ様子もなく、本当に穏やかに眠るように天国へと旅立っていきました。

 

友引の関係で、お通夜は14日、告別式は15日に。

この2日間はとにかく怒濤で1日が長くて、覚えていないことも多いけれど、ただ、何度も触れた頬と手の驚くほどの冷たさと、棺の窓を閉める最後の瞬間と、火葬のとき扉が閉まるほんの最後の0.5秒くらいの景色は脳裏にしっかりと焼き付いていて。

お通夜でも告別式でも火葬場でもそのあとの繰り上げ法要でも、人間こんなに泣けるんだってくらい、体中の水分がぜんぶ目から出てきてるんじゃないかってくらいとにかく泣いて泣いて泣きすぎた2日間でした。

いつか、この2日間のこともちゃんと書き残せたらいいな。

 

* … * … * … * … * … * … * … * … * … * … * …

 

最後の最後にじいちゃんに伝えた「じいちゃん、またね」の言葉、届いたかな。

またじいちゃんの孫に生まれてきたいから、「さよなら」は言わなかったよ。

 

じいちゃんのスライドショーに使う写真を選んでいるとき、赤ちゃんだったわたしや従妹を抱っこして笑顔や照れているじいちゃんの写真が何枚もあってね、それ見てばあちゃんが「ほんとうに孫のことはかわいいかわいいってねえ、自分の子どもは一度も抱っこしたことない人なのに」って言ってたの。

そんなにたくさんかわいがってくれてありがとう。

帰省するたびにたくさんおみやげ持たせてくれてありがとう。

初任給でプレゼントしたばあちゃんとお揃いの時計、ベルトがぼろぼろになるまで使いこんでくれて、入院のときだって大事に持っていってくれてありがとう。

落ち着きのない小さいわたしを水族館に連れていってくれてありがとう。

道内のいろんな場所に旅行に連れていってくれてありがとう。

大学受験のときに朝早く雪の降る中大学まで車で送ってくれてありがとう。

大きなことから小さなことまで「ありがとう」がたくさんあるよ。

あちこち旅行行って碁を打って最近ご無沙汰なカラオケして向こうの生活を楽しんでね。

大好きなお寿司もリンゴもトマトもべこ餅もようかんもラーメンも焼きいももたくさん食べてね。

ずっと一緒だったのに急に一人暮らしになっちゃったばあちゃんのこと、ちゃんと見守ってね。

 

じいちゃん、またね、またいつか会おうね。

サボってあんまりやっていなかったtwitterをちゃんと更新するようになったら、すっかりブログ書かなくなっちゃって。最後の更新が2年半前って。

今は、twitterで結構あれこれ騒いだり、ほぼ日手帳に、weeksなのでそんなにたくさんは書けないながら仕事とか趣味とかあれこれを記録しているので、どれだけブログを残す意味があるのかなーと思いつつ、字数制限もなく、ブログを教えている知り合いはごくわずかで、その気になったらいつでも無かったことにできるここでなら言えることもあるかなと思って、はてなブログの方で再開してみます。

……といいつつまたしばらく更新しないかもだけど。笑

 

とりあえず近況。

前のブログを教えてるリアルな知り合いさんには言ったことがほとんどかも。

 

  • 2年半前はブログで惚気ていた彼氏とは、去年の9月に別れました。それから1年以上経って次はもちろん、わたしにしては珍しく気になる人もできません。
  • 去年、30歳の誕生日に職場のいつも遊んでいる先輩同期後輩一同からいただいた、だいぶエロい高級下着はそんなわけで出番がありません。
  • 気がついたら社会人6年目にもなり、入社当時の先輩たちはみんな異動してしまい、わたしがチームでいちばん古株になったり、いろんな人にいろんな業務を教えたり、ときどき後輩を叱ったり、そんな社会人になっていました。研究室のスタッフが知ったら白目むきそうです。当時の教授が「ヒエーーー」と言うのが聞こえます。
  • ストレスとか残業時間の長さからか、坐骨神経痛を悪化させたり過敏性腸症候群を発症してしまったり。
  • 最近の口癖は「仕事辞めたい」「ニートになりたい」「でも一度ニートしたらもう仕事見つからないかもしれないから辞められない」「仕事辞めたい」… 以下エンドレスループ
  • ジャニヲタであることを隠すことをやめました。高1のときのある出来事をきっかけに14年ヲタ仲間とわずかな友達以外には隠し続けたけれど、なんかもういいかなーって。あくまでtwitterで隠すのをやめただけだけど、それでもなんか隠さなくて良くなったっていうのはだいぶ楽。笑

 

なんだかんだ、いろいろありますね。こうやって見てみると暗いことたくさんな気もするけど、いいこともたくさんたくさんありますよ。そんなこんなで、おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。

それにしても、ここのプロフィールを書いていて、年齢も書いておくか…と打ち込んだその数字にいまさらかつ我ながらびっくりした… 31… 31って…

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